そこは彼となし

日記のようなもの

無職になりたい

 

最近は無職になりたい気持ちが増し増しになってきている。

正確には自分の勉学のための時間を増やしたいということなんだけれど、京都に来てからやったバイトの各々でトラブルハプニングが続いているので疲弊した。

普通にできる仕事はないのか...と思いながらやってるけれど、職種を考えるのが一番だなと思った。アルバイトはそんなものなんだろうけど、質の高いバイト選ぼうと思うとスキルを身につけなければならず、そのためには気力と時間が必要になる。

 

最近、ブラックバイトが云々の話を見るけれど、その内容は半分以上どこのお店でもありそうな内容だった。

今いるところは比較的、休憩がとれなかった分の給料は支払われないとかあるものの人間関係で面倒であることよりはましなので、バイトをしている人たちは妥協している部分が大きいと思う。

 

去年あたりにやったマネキンのバイトなんかは、人を人として扱ってくれないような環境だった。ちょっとそんな所に染まると、そういう環境でも仕方ないかと麻痺してくる。途中で同業のおばちゃんから、いいように使われるだけだから早いうちに辞めた方がいいよと言われて辞めた。

 

参考絵図

 

お弁当だったら破棄の分、食べれるかも()

 

 

以前、パートの相方さんが、こんな仕事いやや、とこぼしていたのがちょっと印象的で、例えばコンビニであればレジを全自動にしたりお客さんが自分で袋詰めをするとかだけでも現状手詰まりの仕事の滞りは解消される。

機械に奪われる仕事の話がよくあるけれど、早く導入して低賃金で働いている人たちの労力が少しでも浮くようにすべきだと思う。

それに、今やってることお客自身がやればいいし、機械が代替可能な仕事...とはたと思うとその瞬間遣る瀬無さが蔓延する。

 

 

 

この方のつぶやきを見てはっとした。自分は環境に甘んじているところがあったわけなのだけど。

仕方がないとかそうするしかないで片付けるのはとても楽なのだ。

だけれど、そういう環境では努力をする気力が残らないことが多いことも事実であって、やっぱり環境というのは大事になってくる。

以前読んだ、phaさんの著書に自己責任は5割というのがあったけれど、本当にそのくらいでいいなと思う。最近の自分は自己責任2割くらいであーもうだめだ、何もしたくないし何もできないと思っていたけれど、それは逃げたい気持ちだったからだと思う。

底辺というのは這い上がるまでに一生を使うような感じなので何とも言えないし、実際近しい人が這い上がれずに死んで行ったのを見ると、何とも言えなさが増すんだけれどそれでも生きていくのには変わりがないので、少なからず現状を良い方向へ持っていくしかない。

 

先の人に異議を唱えるとすると最後の一文で、そんなに気を詰めていたらいつか潰れてしまうんじゃないかな、と思う。そうやって気概に溢れることで上手く軌道に乗れる人もいるけれど、私の場合、体力がないし思考時間が長く、気概を溢れさすまでに時間がかかるような人間なのでそうやって自己責任を10割にするとつぶれる。

過去にそれで潰れたことがあったからわかることだけれど、色々とうまく行かないのは環境面も十分に考慮できるよということを理解しておくのはきっと大切なことだ。

そもそも何かに勝とうとも思っていないので、自分のペースで焦らず少しだけ急いでやっていけばいいんじゃないかな、とか思う。

 

 

なので、来年の目標は一度モラトリアムを満喫して、その後に自分で仕事を立てるかどこかに就てみるかするということになりそうです。