そこは彼となし

日記のようなもの

 

時は金なりという諺があるけれど、それは金は時なりとも置き換えることができて自分はどちらに重きを置こうかという風に最近考えていた。

 

断然時間を取りたいので今もこうして比較的時間が取れるような生き方をしている。

 

けれどこれから色々とやっていこうと思った時にはお金が必要になってくる。けれどそのお金を稼ぐのに時間投資が必要になってくるので結局のところ時間が必要なんだろう。

 

今よりもっと時間が取れる生き方をしていきたいなと最近思うようになった。

 

こういうことを大学生とかのうちにできれば理想的なんだけれども、そうすると学問的な興味が満たされなかったり、そのほかも色々と問題があったりして、なんだかんだで今の状態が自分には合っているなと思った。

 

バイト先で店長さんがお姉さんにお金を借りて進学できたという話を聞いた。在学中も卒業後も必死に働いてお金を返したけれどまだ残っているそうだ。これ奨学金取ってたらさらにきつかっただろうな...とか思うと目の前が真っ暗になりそうだ。

 

あの奨学金なんてのも結局、後ろ盾が強い人たちが有利なんだよなあとか思ってそうすると奨学金も受かっていたけれど大学に今の時点では行かなくて賢明だったなと思う。

 

だけれど初年度の納入は自分で支払わないといけないのでそうなるとどちらにせよ不可能ではあったんだけれど。

 

どうにかして再現性の高い方法が見つかればいいなと考えている。

 

 

学費を自分で稼いで通いましたという美談は、すごいなあと思うんだけれど自分の学ぶ時間を削いでまで大学に通うというのが疑問しかなくて結局学びたくても学べない状況になってるじゃないかと思う。それだったら大学に通う必要性がない。

 

ある程度英語の話せる大学生がオーストラリアへぽんぽん移っていって、日本の新卒採用がしにくくなっているというのをTwitterで見て、ああそんなことしてるからと思った。

 

アルバイトだって若い年代の人たちを最低賃金で働かせてその時代を担わせるだなんて酷い話だなとも思う。

 

こうやって文句ばかり言ってても何もならないので、マイナスの動機でやるのはあまり好きではないけれど反骨精神で頑張っていくしかない。

 

 

 

そういえば最近あんまり勉強のことを書いてなかったなと思った。

 

最近は専ら死への興味が強くて早く書籍を取り寄せたいんだけれど金欠という状態になっている。

 

父の日本一周をしていた時のノートが届いたので、それを文字起こししてこのブログの近場にアップしてみようかなと思う。

関西弁で結局のところ何を考えていたのだろう、みたいなことばかり記してあるんだけれど、その中にでも微かに残っているのもを拾い上げてみたい。

 

数学はほとんど触れていない。部屋の移動やバイトの疲労を回復するのに時間が溶けてしまった感じ。

11月も何だか人と会う日ができたので時間は取れるかわからない。

そもそも最近体の調子が良くないのでがつがつ計算できるような体力が残っていない。

 

こんな状態なので数を扱うよりも頭の中で考えを転がしている方がいい。

そういう時期なんだろうなとか思いながらやっている。

 

そういえば11月に入ったんだなと書いていて気づいた。

11月は北斎をもう一度見にいきたいのと国宝展に行きたいなと思ってる。

 

北斎の展示はついったのフォロワーさんとご一緒させてもらったんだけれど、情報量と迫力というか北斎の気概がすごくて見終わったあとどっと疲れた。

今度はもっと自分の血肉にするぞ、とこちらも気概を持って挑みたいなと思ってるので結構わくわくしてる。