そこは彼となし

日記のようなもの

 

今では余り使われていない漢字を書くとき、描写のような感じになる。それは、今では随分と書き慣れてしまった漢字を初めて書いた時の感覚に似ていた。

 

先日、初めてゴキブリを見たんだけれどもあれは動きの速さで嫌われているような気がした。動かずに触覚をちらちらさせているのを見ているぶんにはむしろ可愛らしさがある。

蜘蛛が天敵であるらしく、それもけっこうな大きさだそうで、その子がもしいるようになればと思うと、それだけは勘弁してほしいのでゴキブリには退出してもらった。

暗がりで姿が見えにくかったけれど、想像していたのよりも丸みと厚みがあって、ゴキブリにも何種類かいるんだろうか、と思った。ちょうど次の日に道端でゴキブリを見た時に確かに部屋にいた子と違うなと思って調べると、7種類ほどいるみたいだった。

頻繁に遭遇するのは主に2種類らしいので、見かけたらどちらの種類か観察すると毛嫌いが落ち着くかもしれない。

 

 

最近、以前少し読んでいた西田幾多郎の本をまた読み始めている。かなり始めのところまでしか読み進められていないけれど、宗教哲学の性格を帯びたあたりが知りたいことに対して何か与えられそうだと思った。

西田哲学の性格は二元論の否定、無の思想、そして否定の論理の主に3つがあって、そのうち今は二元論の否定を読んでいる。つまるところ、全てはひとつであって、その捉え方が異なっている、どの面を切り取って見ているかの違いがあるだけであるというあたりが以前から考えている存在についてとつながるような気がした。