そこは彼となし

日記のようなもの

 

足全体が重たい。

昨日はシフトを詰めすぎて朝から夜まで動いていた気がする。そもそもの体力がなさすぎかな、と思ったけど、シフトの相方さんから働きすぎですと言われた。いつもはそんなことないから大丈夫。

 

 

一昨日と昨日あたりは久々にけっこう沈み込んだな、と思った。諦めの意識は常にあって、それに抗って生きている。諦めに沿った時はその時はお終いだ。常にあるからいつも何かぎりぎりなんだろう。

 

人の言葉とか希望とか現実で、何もうまくいかない人を見過ぎたのかもしれない。幼少を引きずるのはこういうことか、と気付いた。記憶は曖昧で薄れているのに、感覚が根強くひっついているんだなと思った。

もし幸も不幸せも同じであったらどうだろう。この前みたく、ひとつをふたつとして見ているだけだったらどうだろう。

絶対的に不幸でも、その先の分岐点を見落としていたら、どうだったのかとか、そんなことを考える。気づくためには目が必要だ。目を養わないと、見落としていたものは見ることができないし気付くことができない。

目が見えなくても感覚であれば何でもいい。それに気づく何かを持ち合わせて歩きたい。

 

 

そういえば随分と学生身分を離れている気がする。それに学生という学生をしてなかった気もする。

そもそも何かに属している状態を随分と離れている気がするけれど、それが根無し状態を加速してるっぽさがある。

どこかに属してみようかな、と思い始めた。