そこは彼となし

日記のようなもの

 

 

ちょっと前に自分オンリーのライングループを作成してメモとして使い始めたらその機能しか使うことがなくなったアプリと化しました。

 

近頃は精神がふらついてすぐに底に落ちるので、回復までに2時間から3日ほど要していて時間ロスが激しい。そもそも精神的に安定していた時期なんてここ数年であったかしらと思うと、ほぼゼロに近く、いつも何かぎりぎりなところをうろついているような感覚だ。いつか落ちて戻れなくなったら、それはその時のことだな。

 

夢を見ていて、それはもっと昔からあったことだけど、これは現実の過去で見たことだったかそれとも夢で見たことだったか、もしくはどちらもなのか判断できない時がある。時偶、自分はどこに生きているんだろうと思うことがある。どこと言うかどちらにと言うか。変なことを考えるなあと思うけれど、私は夢を見ている方が、とても自由なんだ。

 

ターニングポイントでもし神さまがいるのなら、その神さまは死を回避させようとしているのか、それとも死に向かわせているのかわからない。なんであのタイミングなんだろう、と思うことがぽつぽつある。無理やりつなぎとめたって、そんなのつらいだけじゃないか。生命の活動を止めようとすることと自分の人生を止めようとすることは全く異なっているとどこかで聞いたけれど、それはひとつをふたつとして見ただけで、実際のところ同じであるような気がする。

 

母から死になさんなよ、と電話で言われた。けれど実際私は、もういいんだけどな、とずっと思っている。どうして耐えれるんだろうか、私はまだ耐えれるだろうか、最近少しだけまた、ちょっと危ないんだな。

 

結局報われないうちの一つなんだろう、とか思うと、報われるか報われないかなんてものもどうでもいいから、とにかく早く、過ぎ去ってしまってくれたらいいのにと思う。ずっとこうして、耐えているのはとてもつらいかも。

 

けれど残った人たちがどのようになるかという想像はそれほど難しくない。自分の周りには誰もいないと思っていても、実際には何かに繋がっていることを知っている。だからもし死んだとしたらきっと私は残った人たちをさらに狂わす要因になるんだろうなというのもわかっている。そして大切だと感じる人ほど大きく狂わせてしまうんだろう。だから耐えているけれど。

 

いっそのこと音信不通にでもして何処かへ飛び出してもいいんだけれど。

その方が楽かもしれないね、とか思ったり考えたりしている。

 

 無理して生きなくていいんじゃないか、とか