そこは彼となし

日記のようなもの

シュレディンガーと生死

 

なんとなくの直感であるんだけども、さらに先に行けるとしたら、量子コンピューターにとっても興味があるかもしれないと思った。

 

量子コンピュータービットコインについて調べていたときに発見した言葉だったと思うんだけど、その時に「量子?」と思って興味が湧いたのを覚えている。

その時はプログラミングもよく知らなかった時なので、量子コンピューターについて調べてもよくわからなかったんだけれども、昨日あたりからそういえば、と思って改めて調べてみるととても面白い。それでやっぱり量子力学が必要なんだということもわかった。(多分必要なんだとわかったから、量子力学やってみたいなと思った記憶がある)

 

 

ブラフマンの埋葬』を読み終えたあと、次に谷川俊太郎さんの『ひとり暮らし』を読んでいる。

詩人の方をよくは知らないけれど、谷川俊太郎さんと長田弘さんのおふたりは、詩もさることながら、考え方や生き方などがとても好きだ。

死について書かれているものが中にあって、それを読んだときに、ああそうか、と何だかとてものどかな心持ちになった。

 

 

私は「生きていること」がずっと不思議でたまらないので、そのことについてのヒントがあればと思っていたけれど、量子と生死観というのは、私の疑問に対しての答えを与えるきっかけになってくれるかもしれない。などと考えていた本日。