そこは彼となし

日記のようなもの

参走

父の四十九日も終わり、彼女さんのお見舞いにも行くことができ、一段落着いた。

 

彼女さんのお見舞いはとても複雑な心境で、ずっとできれば行きたくないなあと思っていた。それでも行かなければいけなかったので、行った。

ひどい事故であったので、姿はとても痛々しかった。生きていること、後遺症が残らなかったことがこの上ないくらい奇跡のようだとお医者さんが仰っていたらしい。事故状況を聞いたり実際車を見た時を思い出す限り、確かにその通りであると思った。

 

それにしても、彼女さんの瞳を見るに、父は本当に愛されていたのだなと感じた。二人の女性からあんなにも愛されるだなんて、父は人生の総評はどうであれ部分的に見れば幸せ者だ。かと言って他の部分を見れば、波乱万丈と言えるし外的な要因で自分の意思,未来を捨てたことは不幸であったかもしれない。それでも、と、最後まで抗い続けているように私の目には映った。

 

私が最後あたりで父と話していて一番うれしかったのは、父の行動力が好奇心から来ていることであった。父自体が、好奇心の塊のようなものなので当然と言えばそうなのかもしれないが、私が行動とその継続の原動力になるのは好奇心が大きいのではないか、と考えていた時にその話をしたので、とても嬉しかった。

 

最後にも電話で話せていてよかった。ちょうど電話番号を変えて、それを伝えるためにかけたのだった。電話越しの声に元気が無いので、心配したりしていた。「やっていけそうか」という言葉に、「うん、大丈夫だよ」と答えたのだった。

 

 

どうも突然であることがどうしてもずっと違和感として少し残っている。

しかしながら父のようにとても印象的な形で死んでゆくことが父らしいなと思うし、かと思えばふらっといなくなってしまったのでそういうのもいいな、と思ったりする。

 

 

 

ここ数日、長距離を行ったり来たりなどして忙しなく、とても落ち着いてものを考えることができなかったので少し疲れた。

学ぶこともあまりできていないので、明日は難しいけれど明後日あたりは半日でも勉強したいなと思う。