そこは彼となし

日記のようなもの

夕立はどこ

午前

 

時々やってくる、誰でもいいから縋りたい気持ちをどう落ち着けようかと、考えたいた。外に出ることをあまり好まないのは、誰かといる人たちを見て楽しそうだなと思うことを無くす為であるように思える。独りを何より欲していながら、誰かといることも欲しているなんて、面倒なことだろう。もう随分と誰かといたことがないのに、都合の良いように人を求めたって、上手く関わることなんてできないだろう。だろう、だけの話ではなく、実際今までにそうだったのだ。

 

ではどうしたものか、と考える。誰は遠い人でも良いのかもしれない。誰を何に置き換えることはできないか。などと。

 

とりあえず、シャワーを浴びよう。

 

 

午後

 

ついったで気になっていた夏休み子ども科学電話相談の放送をちょっとだけ聴いた。

一つ目から聴いて見たけれど、子どもたちみんなすごくよく見ているんだなあと感動していた。ああやって自分の中にある疑問を投げることができる場所があるのは素敵なことだな。ついったのタイムラインを追いつつ、ラジオを聴きつつ、何だかとても夏休みっぽい感じがしていい。

 

午前はシャワーの後、洗濯や掃除を終わらせて少し休憩した。

 

先ほど科学電話相談を聴く前に、量について本を読み始めたのだけどこれがとっても面白い。今まで理解に苦しんでいた時間,距離,速さや割合など、すべて「量」が理解できていなかったのだとはっきりと分かった。そして量を理解することが数学を学ぶ上でどれ程大切であるかも分かった。

私たちの身体の中に、量を認識する能力が備わっているというのも面白かった。

 

読み進め、もう少し涼しくなった頃に数列の続きをやろう。