そこは彼となし

日記のようなもの

 

家族という形で幸せであった時をほとんど覚えていない。

単純に幸せであった時間が少なかったということもあるが、辛い,悲しいなどの記憶の方がより印象的で、それを打ち消しているところもあるかもしれない。

写真を何枚か持ってきた。そういう時間は確かにあったのだ、ということを写真の中で確認する。

 

 

考えていた通りにバイトを一つ辞めた。少しだけ気が楽になった。人と関わることを選んだのが仇になり、最後の勤務二日間はとても辛い時間を過ごした。

どこまで周知されているのかわからずない怯えがあって曖昧な対応しかできず、話題に出てくると底抜けの感覚になるので、どうにか避けようとして不自然な形になってしまった。

どうしたらいいのかがわからないまま終えてしまって、何だか中途半端で申し訳なかった。

 

もう一つの方は比較的フランクな感じで、先日挨拶に行った時もまだ落ち着かないだろうから休んでいていいよと言ってもらえて、何だかとてもありがたかった。普通に話せる環境が殊に今は、いちばん落ち着けるようだ。

 

 

夢の中で父の声を聞いた。二つ程、何か言っていたが、うれしすぎで何を言っていたのか覚えていない。

 

最後がどうであったかを知ることができない,気持ちなど文章で残っているものがないなどあって、感情のやりどころがなく何とも言えない気持ちのまま過ごしている。ネットを適当に見ていた時に、乗り越える必要はないのではないでしょうかと書いてあったのをみて、そういうものか、とまた少し落ち着いた。

 

眩暈がする頻度が少し多い。感情の浮き沈みが激しく、何だか自分でそれを面白がっているところがある。衝動的な興味によって、自分の身体が軽くなる感覚がとても不思議で面白い。そしてそれが、私がものを学んでいる理由でもあったりしたな、と思い出したりした。

 

 

祭りが多いお陰で街全体の気分が高まっている。お陰で気晴らしになっている。

歩道を歩く途中で向かいにある拝殿に拝んでいる人を見かける。人の祈りなど、目に見える形になっていることが、こういうのいいな、などと思ったりする。