そこは彼となし

日記のようなもの

猫とクジラ

クジラ 三.

歌が聞こえる、仲間が呼ぶ声。 それを聞いて初めて仲間がいることに気づいたようだった。 僕たちは常に仲間が周りにいるはずなのに、常にひとりぼっちだ。 整った旋律、誰かが歌っている。 誰に向けているのでもなくただ思うままに歌っている。 それは、自分…

猫 二.

僕は人ではありません。 言葉を発しても飼い主に伝わらない時があります。 そもそも僕は飼い主の名前を知りません。 何と呼べば飼い主が振り向くのかを知りません。 扉の開く音がした。 飼い主が帰ってきた。 ひとりの時間はここで終わり。 僕は寂しがり屋な…

クジラ 二.

少し暖かくなってきた水の中。 終わりの場所を探す旅のようなこの回遊はいつ終わりを迎えりのだろう、なんてことを考えて身を任せて泳いでみる。 少し、まわりのあたりの時間緩やかになった気がした。 ただ、どこで終わろうとも僕はこの体から抜け出すことは…

クジラ 一.

深い深い海の底、光は届かず地底の音、僕は今そこに来ている。 冷たく静かで時々目を覚ますとここはどこだっただろう、と思う。 口先から尾びれまでがいつか水に溶けて、僕はまたどこまでも泳ぎ続ける。 そんなことを考えていた。 ああ、どこからか歌が聞こ…

猫 一.

静かな朝、冷たい夜、彼が今どこにいるのか僕は知らない。 日に日に寒くなるので眠っている時間が多くなった。 目を薄く開けると、やわらかい光が反射した。 飼い主は数日いない。飼い主が「いってきます」と言うと数日帰ってこないのだ。だから「いってきま…

猫とクジラ 六.

そろそろ遠くへ行かなきゃならない、とクジラが言った。 クジラはいつもある季節になると、どこか遠くへ行ってしまう。どこへ行くのか、僕は知らない。 じゃあ少しの間、会えないね、と猫が言った。 そうだね、とクジラが目を閉じた。 僕がこの体じゃなかっ…

猫とクジラ 五.

飼い主は朝に「おはよう」と声をかけるか、夕方または夜に頭をやさしく撫でるだけですぐに何処かへ行ってしまう。 「おはよう」という飼い主の声、頭を撫でる飼い主の手が好きであるのと同じく、飼い主が時々窓の外を見る、やさしい目が好きだった。 あの目…

猫とクジラ 四.

怖くはならないのかい、と猫が尋ねた。 ぼくは怖いことと安堵することの境目がわからないんだ、とクジラが答えた。 深い海へ潜る。 光の届く量は少なくなり、海が自ら動く音と、ひれで推した水の塊の音だけがする、暗く冷たい静かな海。 猫はクジラの目を見…

猫とクジラ 三.

猫は窓にあたる雨音に耳を澄まして、目を閉じている。 クジラは薄暗い水の中、身を波に預け、ゆっくりと目を閉じた。 暗く静かで心地良い。 こんな日もけっこう好きだなあと思った。

猫とクジラ 二.

ずっと空を見ていた。 と、猫が言った。

猫とクジラ 一.

真っ暗な世界こそ、光が溢れるんだよ。 とクジラが言った。